和歌山家庭裁判所妙寺支部 昭和63年(家)160号 審判 1988年10月07日
申立人 前川さゆり
被相続人 川原巌
主文
本件申立てを却下する。
理由
1 申立
(1) その趣旨
申立人が被相続人の相続財産に対する遺留分を放棄することを許可する。
(2) その理由
申立人は被相続人の長女であり、その相続財産に遺留分を有する者であるが、○○加工業をしている前川家の長男前川英人(以下「英人」という。)に嫁ぎ、夫に相当な収入もあり、生活が安定しているので、被相続人の相続財産を相続する意思がないので、その相続開始前に遺留分を放棄したい。
2 当裁判所の判断
本件記録によれば、以下の事実が認められる。すなわち、(1)申立人は英人と4年越しの交際の結果、昭和63年7月19日に同人との婚姻届を了した。(2)ところで、申立人の父である被相続人は、英人との結婚に絶対反対の態度を採り、申立人との間で長い期間にわたり、その結婚問題について争いが絶えなかつた。(3)その結果、申立人は遂に被相続人のもとを飛び出し、英人と同棲生活をするようになり、被相続人の親族が申立人を連れ戻しにもいつたが、申立人の結婚の意思が固く、被相続人のもとに戻ることを拒み、前記のとおり被相続人の意思に反し、無断で同人との婚姻届をしてしまつた。(4)被相続人は、申立人が英人と同棲を始めた以降も、その結婚に反対する態度に変わりはなく、さらに英人に対する不信感もあり、併せて親族からも申立人の結婚相手に相応しくないといわれている状況にもあり、項在でも申立人が同人と離婚しない限り実家にも入れさせないと公言している。(5)被相続人は申立人が英人との婚姻届を出したため、申立人に自己の財産を相続させられないと考え、申立人にその旨を告げて、被相続人自らが作成した遺留分放棄申立書にその署名押印を求め、申立人も了承してこれに自署押印し、右婚姻届をした日の翌日である昭和63年7月20日に右申立書が当裁判所に提出された。
ところで、申立人は当裁判所に対し、被相続人の相続財産の遺留分を放棄することは自らの意思であると述べているけれども、前記認定した事実によれば、申立人と被相続人の間で、申立人の英人との結婚問題につき長い期間にわたり親子の激しい対立があり、被相続人の申立人に対する親としての干渉が繰り返された結果、申立人が家を飛び出し、英人と同棲する事態となり、遂には被相続人の意思に反してでも、申立人自らの意思で婚姻届をするに至つた経過があるうえ、本件申立もその婚姻届の翌日になされ、しかも被相続人からの働き掛けによるもので、申立人の本件申立をした動機も、被相続人による申立人に対する強い干渉の結果によることも容易に推認できるところである。
これらのことからすると、本件申立は必ずしも申立人の真意であるとは即断できず、その申立に至る経過に照らしても、これを許可することは相当でないといわざるをえない。
したがつて、本件申立は理由がないので、これを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 安藤宗之)